数年前に入手した鹿の毛皮。
簡単に言えば間引きした鹿の皮だったりします。
日本オオカミが絶滅し、鹿は天敵が居なくなったため今爆発的に増え続けています
そのため、人間が間引きしなくては山の保全が出来なくなる。
こんな状況になってしまったんです。
ただ、現在毛皮の地位はかなり変な状況になってます。
こんなサイトもありました。
簡単にいってしまえば動物愛護団体の意見です。
その側面は実際に存在します。
しかし、毛皮と言う素材は古くからあります。
実際山にはいるときジャンパーなどの防寒具より毛皮の方が質が良いのです。
犬もこの寒い時期、外で平然と寝てます。
それくらい暖かいのです。
我が家にある腰巻きですが、山に入る際は非常に有効です。
ジャンパーと違い丈夫なので、岩などに腰掛けても傷一つつきません。
まあ、実際権力などを見せびらかせるため、使用する人も居ます。
でもこういった毛皮を批判するサイトなどは、なぜか不明。
ここまでくると少し異常かも。
間引きしないと存在が保てなくなる生き物も存在します。
実際奈良などの山間部では、鹿により木々が食べ尽くされ、崖崩れなどの被害へと発展する事も事実です。
人間で言うならとか、考えるのならば万物を食べて過ごすことは出来ません。
植物であろうと動物であろうと、人間は何かしら殺さなくては生きていけません。
しかしそれは、この世の宿命。
原罪とよばれるものです。
ぶっちゃけ人間も状況に応じては食われる事もあります。
それが自然ですから。
今現在の皮産業における暗い陰は、確かにあります。
しかし、だからといって安易に絶対悪などと考えず、人間の原罪を見直す機会かもしれません。
ちなみに、伝統産業などはこういった皮製品などと関わる機会が非常に多いです。
京都のとある職人さんは、皮で磨かないとその製品の精度が落ちるとか。
そんな話しを聴きます。
まあ、その人がこれを忘れたらいけないと、動物の顔の皮で作られた入れ物を持ってますが、かなり不気味でした。
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